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「現代の人が、ある日とつぜん別の世界や昔の時代に飛ばされて、持っている知識で活躍する」。いまでは異世界もののおなじみの流れですが、19世紀のアメリカにも、よく似た発想の小説があります。それが、マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』(原題 A Connecticut Yankee in King Arthur’s Court)です。
この記事では、プロジェクト・グーテンベルクで公開されている英語の原文(電子テキスト第86番)を読みながら、物語のあらすじを3つの場面に分けてたどります。そのうえで、いまの異世界転移ものと似ているところを、読んで感じたポイントとして紹介します。
※作品の内容は原文をもとに紹介しています。日本語訳は翻訳によって表現が異なります。また、ジャンルの「元祖」かどうかについては、ここでは断定しません。
『アーサー王宮廷のヤンキー』はどんな作品?
作者と書かれた時期
作者は『トム・ソーヤーの冒険』などで知られるアメリカの作家マーク・トウェインです。原文の序文の最後には「HARTFORD, July 21, 1889」と記されていて、1889年に書き上げられた作品であることがわかります。
序文に込められた作者の考え
原文の序文で、トウェインは、この物語に出てくる厳しい法律や慣習は歴史上のもので、それを描くエピソードも歴史上のものだ、と書いています。ただし、それらが6世紀のイギリスに実際にあったと主張しているわけではなく、もっと後の時代のイギリスやほかの文明にあったものなので、6世紀にもあったと考えても言いがかりにはならないだろう、というユーモアまじりの説明です。
さらに序文では、「王権神授説(王の権利は神から授けられたという考え)」の問題は、この本では決着がつかなかった、とも書かれています。冗談めかした書き方ですが、作品の中で身分や権力のあり方が大きなテーマになっていることがうかがえます。
タイトルの「ヤンキー」とは
原題の「Connecticut Yankee」は、コネチカット州出身のアメリカ人、という意味です。主人公は、コネチカット州ハートフォードで生まれ育ったと自分で語っています。日本語では「ヤンキー」と聞くと別のイメージが浮かぶかもしれませんが、ここでは「アメリカ北部の人」くらいの意味で受け取るとわかりやすいですね。
物語の入れ子構造
物語は、語り手の「私」がイギリスのウォリック城を見学しているときに、ふしぎな見知らぬ男と出会う場面から始まります。男は「時代の入れ替わり(transposition of epochs)」について語り出し、やがて彼が書いた手記を「私」が読む、という形で本編が進みます。
見学の途中では、案内人が「6世紀、アーサー王と円卓の時代のもの」とされる鎖かたびらを紹介し、左胸に説明のつかない丸い穴がある、と話します。この穴が何なのかは、物語を読み進めるとわかるしかけになっています。
その夜、「私」はトマス・マロリーの本(アーサー王の物語)を読んでいたところへ、例の男が訪ねてきて、自分の身に起きたことを語り始めます。冒頭には、マロリーの文章からランスロット卿の物語も引用されていて、これから始まる物語がアーサー王伝説の世界とつながっていることが示されます。
いまの異世界ものでも、主人公の語りで物語が進む作品は多いですよね。手記を読む形の入れ子構造は、それを古典らしい形で実現しているように感じます。
あらすじを3つの場面でたどる
ここからは、『アーサー王宮廷のヤンキー』のあらすじを、3つの場面に分けて紹介します。結末にもふれるので、まだ読んでいない方はご注意ください。
1. 19世紀の技術者が6世紀のキャメロットへ
主人公は、父が鍛冶屋で、自分は兵器工場で約2000人の部下をまとめる職長だった、と語ります。どんなものでも作れる腕の持ち主で、工場の仕事を通じて実用的な技術を身につけた人物です。
ある日、主人公は「ヘラクレス」と呼ばれる男とけんかになり、バールで頭を殴られて気を失います。気がつくと、オークの木の下にいて、目の前には甲冑の騎士。騎士に捕らえられた主人公は、「ブリッジポートかな?」と思いますが、返ってきた答えは「キャメロット」でした。
その後、小姓のクラレンスから、いまが「528年6月19日」だと教えられます。主人公が元いた年は1879年。つまり、1300年以上も昔のアーサー王の時代に来てしまったのです。
2. 日食の知識で「ボス」になる
捕らえられた主人公は、火あぶりの刑にされそうになります。主人公を捕らえたのは、王の乳兄弟で執事長のケイ卿だと作中で説明されていて、主人公はケイ卿の捕虜として宮廷に連れて行かれます。そこで思い出したのが、528年6月21日に皆既日食が起こる(12時3分に始まる)という知識でした。
第6章「日食」では、主人公がこの知識を使い、自分が太陽を消したかのように見せて危機を切り抜けます。その結果、主人公は王国で大きな力を持つようになり、第8章「ボス」では、人々から「The Boss(ボス)」と呼ばれるようになります。作中では「ハンク」という名前でも呼ばれています。
その後、主人公は19世紀の知識を使って、6世紀の社会を変えようとします。第10章「文明の始まり」では学校や工場などを密かにつくり始め、第26章「最初の新聞」では新聞を発行します。
前半の章タイトルを見てみよう
原文の章タイトルを見ると、物語の流れがなんとなく想像できます。前半の主な章を表にまとめました(日本語は内容がわかるように付けた訳です)。
| 章 | 原文の章タイトル | 日本語の意味 |
|---|---|---|
| 第1章 | CAMELOT | キャメロット |
| 第2章 | KING ARTHUR’S COURT | アーサー王の宮廷 |
| 第3章 | KNIGHTS OF THE TABLE ROUND | 円卓の騎士たち |
| 第6章 | THE ECLIPSE | 日食 |
| 第7章 | MERLIN’S TOWER | マーリンの塔 |
| 第8章 | THE BOSS | ボス |
| 第9章 | THE TOURNAMENT | 馬上試合 |
| 第10章 | BEGINNINGS OF CIVILIZATION | 文明の始まり |
| 第11章 | THE YANKEE IN SEARCH OF ADVENTURES | 冒険を求めるヤンキー |
| 第16章 | MORGAN LE FAY | モーガン・ル・フェイ |
| 第22章 | THE HOLY FOUNTAIN | 聖なる泉 |
| 第24章 | A RIVAL MAGICIAN | ライバルの魔術師 |
「マーリンの塔」「聖なる泉」「ライバルの魔術師」など、魔法や魔術師が出てくる章があるのも、ファンタジー好きにはうれしいところです。主人公は魔法を使うのではなく、19世紀の知識や技術を「魔法のように」見せて、魔術師マーリンと張り合っていきます。
3. 王とのお忍び旅と、砂地帯の戦い
第27章では、主人公とアーサー王が身分を隠して国内を旅します。王はこの旅で、ふつうの人々の暮らしを自分の目で見ることになります。第34章では、二人が奴隷として売られてしまう場面もあり、物語は笑いだけでなく、社会の厳しさも描いていきます。
終盤の第43章「砂地帯の戦い」では、主人公たちと騎士たちの大きな戦いが描かれます。そして第44章は、クラレンスによる追記です。そこでは、魔術師マーリンが「彼はいま眠っている。そして13世紀のあいだ眠るだろう」と語る場面が描かれ、主人公が元の時代へ戻る理由につながっていきます。
いまの異世界ものとの共通点
ここからは、『アーサー王宮廷のヤンキー』を読んで感じた、いまの異世界転移ものとの共通点を紹介します。どれも読んだうえでの感想で、直接の影響関係を示すものではありません。
現代の知識で活躍する
主人公は、日食の知識や工場で培った技術を使って、6世紀の世界で大きな力を手にします。現代の知識や技術を持ち込んで活躍する、という展開は、いまの異世界ものでもよく見かけますよね。
異なる時代の常識とのギャップ
甲冑の騎士に「ブリッジポートかな?」と思う場面のように、主人公と周りの人々の常識のずれが、笑いを生んでいます。異世界ものでも、主人公の常識が通じない場面がよく描かれます。
世界を変えようとする主人公
学校や新聞をつくって社会を変えようとする主人公の姿は、異世界ものの「内政」や「技術で国を発展させる」タイプの作品とも重なるところがあります。
違うところもある
一方で、異世界ものの多くは架空の世界が舞台ですが、『アーサー王宮廷のヤンキー』は、アーサー王伝説の世界とはいえ、6世紀のイギリスという過去が舞台です。その意味では、異世界転移というより、時間移動の物語として読むこともできます。また、物語の後半は社会の厳しさや戦いが描かれ、明るい成功物語だけでは終わらないところも、この作品の特徴です。読み終えたあとに、技術や知識だけでは社会は簡単に変わらない、という重さが残るのも印象的です。
『アーサー王宮廷のヤンキー』のよくある質問
どんな人におすすめ?
異世界ものや時間移動ものが好きな方はもちろん、アーサー王伝説や円卓の騎士に興味がある方にもおすすめです。現代の目線で昔の社会を見つめる物語なので、歴史や社会のしくみについて考えるきっかけにもなります。翻訳によって読みやすさや雰囲気が変わるので、気になる方はいくつか見比べて選んでみてください。
原文は無料で読めますか?
プロジェクト・グーテンベルクでは、英語の原文が電子テキスト第86番として公開されています。英語の勉強をかねて、序文や冒頭だけでも読んでみると、トウェインらしいユーモアが感じられます。
主人公の名前は?
作中では「ハンク」と呼ばれる場面があり、王国では「ボス」と呼ばれるようになります。
物語の時代はいつ?
小姓のクラレンスが「528年6月19日」と教える場面があり、主人公の元の時代は1879年です。
冒頭の鎖かたびらの穴は?
ウォリック城で案内人が紹介する鎖かたびらには、左胸に説明のつかない丸い穴があります。どんな穴なのかは物語の途中で明らかになるので、読みながら探してみてください。
アーサー王伝説を知らなくても楽しめる?
キャメロットや円卓の騎士、魔術師マーリンなどが登場するので、アーサー王伝説を少し知っておくとより楽しめます。ただ、主人公の目線で語られるので、伝説にくわしくなくても読み進めやすい作品です。
古典から異世界ものの楽しさを見つけよう
『アーサー王宮廷のヤンキー』のポイントを、もう一度まとめておきます。
- 1889年に書かれた、マーク・トウェインの小説
- 19世紀のコネチカットの技術者が、528年のキャメロットで目覚める
- 日食の知識で危機を切り抜け、「ボス」と呼ばれるようになる
- 学校や新聞をつくり、6世紀の社会を変えようとする
- アーサー王とのお忍び旅や、砂地帯の戦いなど、後半は厳しい展開もある
- 現代の知識で活躍するところは、いまの異世界ものとも重なる
いまの異世界ものが好きな方は、こうした古典を読んでみると、新しい楽しみ方が見つかるかもしれません。気になった方は、ぜひ手に取ってみてくださいね。